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ハクチカラ
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■ハクチカラ■栗毛の国際派
ハクチカラ(Hakuchikara)、牡、栗毛、日本生産、日本調教
生没年月日・1953年4月20日−1976年8月6日
父トビサクラ 母昇城
生産者・ヤシマ牧場  馬主・西博
調教師・尾形藤吉(東京)  主戦騎手・保田隆芳
競走成績・49戦21勝(21−8−2−18) 主な勝利・日本ダービー、天皇賞・秋、有馬記念、ワシントンB・H
■コメント
ハクチカラは、1953年に生まれました。

日本における初ともいえる「国際(級の)ホース」であり、ハクチカラの主戦騎手・保田隆芳騎手はモンキー乗りの日本におけるパイオニアであり、アメリカ式の体調管理などを広めた人物とされます。

ハクチカラは、日本で日本ダービー、天皇賞・秋、有馬記念などを勝ち、アメリカで日本調教馬として初めて日本国外の重賞レースのワシントンバースデイハンデを勝ちました。

□ハクチカラを知るおすすめ作品

■血統
父トビサクラ母昇城(父プリメロ)という血統です。

半弟に重賞をいくつか勝ったヤシマフアースト(父ヤシママンナ)がいます。


■履歴
▼デビューまで
ハクチカラは、期待の高額馬としてデビュー前から注目されました。

ヤシマ牧場で生産され、西博氏が馬主で、尾形藤吉厩舎に入りました。

▼現役時代
▽2歳
ハクチカラは、1955年の2歳の10月に中山でデビューすると、デビューから5連勝で朝日杯3歳ステークス(馬齢旧表記、現在の2歳)に臨みます。

しかし、このレースで、キタノオーの3/4馬身差の2着に敗れます。

▽3歳
1956年になってオープンで2着、皐月賞でヘキラクの12着と大敗しますが、オープンを勝って、日本ダービーではキタノオーに3馬身差で勝ちます。

秋にオープンを勝ちますが、セントライト記念4着、オープン1着で菊花賞に臨み、菊花賞がキタノオーの5着、カブトヤマ記念、特ハンと連勝し、第1回中山グランプリ(後の有馬記念)がメイヂヒカリの5着。

▽4歳
1957年になると、ニューイヤーステークスから3戦は勝てませんでしたが、目黒記念・春を勝って、オープン4着の後、2連勝、2着、3連勝をし、2着の後さらに3連勝、天皇賞・秋、有馬記念も勝ちます。

この年の啓衆社賞年度代表馬。

▽5歳
有馬記念制覇を最後に、年度代表馬を手みやげに1958年は、アメリカ遠征をします。

5戦連続着外の後、2着でこの年を終了します。

▽6歳
1959年も引き続き、アメリカ遠征で、3着、2着で、また2戦連続着外でしたが、アメリカで11戦目となるワシントンバースディハンデで優勝します。

しかし、その後6戦着外でした。

この後、現役を引退します。

▼競走成績
2歳 新馬1着、優勝1着、オープン1着、優勝1着、オープン1着、朝日杯3歳ステークス2着
3歳 オープン2着、皐月賞12着、オープン1着、日本ダービー1着、オープン1着、セントライト記念4着、オープン1着、菊花賞5着、カブトヤマ記念1着、特ハン1着、中山グランプリ5着
4歳 ニューイヤーS3着、金杯2着、オープン2着、目黒記念・春1着、オープン4着、オープン1着、東京杯1着、安田賞2着、オープン1着、日本経済賞1着、毎日王冠1着、オールカマー2着、目黒記念・秋1着、天皇賞・秋1着、有馬記念1着
5歳 一般競走9着、マンチェスター賞9着、サンセットH4着、ジミーデュラント賞6着、デルマーH6着、トーナメントオブロージズ賞2着
6歳 サンガブリエルH3着、カリフォルニア州共進会賞2着、リヴァーサイド賞5着、サンルイレイステークス4着、ワシントンバースディH1着、サンファンカピストラーノH14着、クレアモント賞6着、カリフォルニアンS9着、ボーリンググリーン11着、サセックスターフH8着、トゥインクリング賞6着

▼現役引退後
現役引退後、日本に帰国し種牡馬になりますが、当時は内国産は軽視され、インドへ寄贈。
インドで数頭のクラシックホースを輩出します。

主な産駒・・・
トーカイドーエクスプレス(カルカッタゴールドカップ、マドラスゴールドカップ、カルカッタセントレジャー=インド)

1979年に死亡。

1984年JRA顕彰馬に選出されます。

■国際派
ハクチカラは、当時は珍しいアメリカ遠征をし、多くは着外でしたが、アメリカ遠征11戦目に今はもうない重賞のワシントンバースディハンデに勝っています。

アメリカ遠征で17戦1勝、多くは着外で、素晴らしい結果にはなりませんでしたが、日本のチャンピオンクラスの馬(ハクチカラ)が果敢に「世界」(ハクチカラの場合アメリカ)に挑んだ点は評価されます。
(ワシントンバースディハンデはグレード制施行前で(アメリカでは)重賞として扱われない場合も)

まさにハクチカラは、「国際派」といえます。

▼保田のモンキー乗りなど
ハクチカラが日本調教馬の「国際派」なら、保田隆芳騎手は、アメリカ遠征でモンキー乗りを習得しました。

その成果が、帰国の翌年からの3年連続リーディングジョッキーに結びつきます。

保田は、同時期に独自に習得したとされる野平祐二騎手ともに日本にモンキー乗りを広めた人物として知られています。
また保田自身はハクチカラ騎乗で5戦(アメリカ遠征で最初の5戦は保田騎手騎乗だった)全て着外でしたが、アメリカでの体調管理や騎手として先進の生活態度などを学んで日本に広めたとされます。

□ハクチカラを知るおすすめ作品

■3代血統図
Orby5×5
トビサクラ

1942 栗毛
*プリメロ
Primero

1931 鹿毛
Blandford
Athasi
*フライアースメイドン
Friar’s Maiden

1924 栗毛
Friar Marcus
Tetrarch Girl
昇城

1944 栗毛
*ダイオライト
Daiolite

1931 鹿毛
Diophon
Needle Rock
月城

1940 黒鹿毛
Campfire
*星旗
Fairy Maiden

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