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郭雲深
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■郭雲深■中国武術(形意拳)■半歩崩拳、あまねく天下を打つ

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郭雲深 1820年?−1901年

郭雲深は半歩進んで崩拳の一打で対戦相手を倒したことから「半歩崩拳、あまねく天下を打つ」といわれた形意拳の達人です。
中国で著名な中国武術の達人であり、中国武術史上最強の一人といわれることもあります。

■履歴
郭雲深は上背はなかったものの、肩幅が身長ほどあったといわれます。
(もちろんこれは創作と思われます、身長ほどはなかったでしょうが・・・身長と同じ肩幅の人間がいたら驚きますね・・・肩幅は広かったのでしょう)
早くから武術を好み、多くの武術を数年間で学んだものの、得るところがなかったといいます。


その後、形意拳の李能然との出会いで、形意拳の簡素ではあるが奥深さを知り、李の門に入ることを希望します。
李は最初は断ったものの、郭の熱心さに最後は入門を許したといわれています。

李の下での修行と各地での修行交流により拳技は熟練されたそうです。
対練において一瞬のうちに相手を大きく飛ばしたといわれます。

民衆を苦しめる匪賊の首領と対した際にピストルを持った首領を剣で殺してしまい、3年間投獄されたことがありますが、これは「正義」の行為であり、獄中では民衆の支援などを受け、何不自由なく獄中生活を送ったとされます。

一説には八卦掌の董海川との試合で引き分けて、その後、形意拳と八卦掌の交流が始まったとも・・・。
(この説は形意拳と八卦掌との交流に伴う創作かもしれませんが、形意拳と八卦掌を合わせて学ぶことが多く、交流があったことは間違いありません)

郭雲深は、達人ながら時運に恵まれず、世俗での立身出世とは無縁でした。

郭雲深の著名な弟子には意拳を創設した王向斉、孫式太極拳を創設した孫禄堂、半歩崩拳の呼び名を継承した尚雲祥などがいます。
さらに王向斉の弟子には太気拳を創設した澤井健一氏がいます。

1901年に死去。享年81。

■郭雲深の評価
前述したように、郭雲深は中国で広く知られている中国武術の達人であり、中国武術史上最強の一人といわれることもあります。
形意拳はおそらく武術家の佐藤金兵衛氏を通じて日本に紹介されました。
また形意拳ではありませんが、郭雲深の流れをくむ(王向斉の意拳から派生した)澤井健一氏の太気拳が日本に伝承されました。
太気拳は極真空手との交流があり、日本の格闘技にも大きな影響を与えています。

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