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植芝盛平
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■植芝盛平■合気道■合気道の創始者

植芝盛平を知るおすすめ作品

植芝盛平 1883年(明治16年)12月14日−1969年(昭和44年)4月26日

植芝盛平は合気道の創始者で、師匠には大東流合気柔術の武田惣角、弟子には養神館合気道を設立した塩田剛三らがいます。
神技的な演武と多くのエピソードを持ちます。

■履歴
植芝盛平は早くから武道に親しみ、多くの修行から合気道を創設しますが、その独自の合気道成立に大きな影響を与えたのは大東流合気柔術の武田惣角だったと思います。
大本教の出口王仁三郎や博物学者の南方熊楠らとも交流がありました。

▼エピソード
植芝盛平のエピソードで一番驚くのが、銃弾をよけて相手を投げ飛ばしたというもので、植芝によれば、飛んでくる銃弾がスローモーションのようなスピードで見えたといいます。
相手の攻撃の前に白い光が見えたとも発言しており、植芝はその光をよけることによって相手の攻撃をかわしたといわれます。
白い光はいわゆるオーラだったのではないかと個人的には思います。
このような発言は他の超一流の武道家やトップアスリートからも聞かれるエピソードです。

他に夜中にネズミの気配を感じて飛び起きてたたき殺したという話もあります。

戦前は力強いスタイルだった植芝の技が、晩年には簡素化され、軽くたたいたり、ふれるだけで弟子を投げ飛ばしていたといわれます。

▼植芝盛平の評価
植芝盛平の「合気会」は彼の死後は子息の植芝吉祥丸に受け継がれました。


合気会から独立した主な合気道には

・植芝盛平の戦前の力強いスタイルに重きを置いた塩田剛三の「養神館合気道」
・「気」に重きを置き、ヨガ修行から心身統一法を創設した中村天風にも師事した藤平光一の「心身統一合気道」
・合気道に乱取稽古を取り入れた宮木謙治の「日本合気道協会」

などがあります。


植芝盛平の創設した合気道は独立した団体も含め主に護身術として世界的な広がりを見せています。

個人的には植芝盛平氏は、師匠だった武田惣角氏、弟子の塩田剛三氏らとともに「格闘家」としても強かったと思います。

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