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これはビックリ、ダイユウサク!!
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■コラム■■■■■
■これはビックリ、ダイユウサク!!■

1991年の有馬記念は、まさに「これはビックリ、ダイユウサク!!」でした。

ダイユウサクは、デビューが3歳10月とかなり遅く、しかもデヒュー戦、2戦目と圧倒的な「シンガリ」負けでした。

初勝利は、デビューから5戦目でした。

その後5戦して2勝を重ね、初の重賞・高松宮杯が7着しました。

そして5歳秋には、天皇賞・秋(7着)にも出走しました。

その後2連勝して5歳を終えたダイユウサクは、6歳になると金杯で初受賞制覇をします。

ところがその後勝利から遠ざかります。

そして12月のオープン特別で久々の勝利を挙げます。

この勝利が認められたのかダイユウサクは推薦で有馬記念出走にこぎつけます。

しかし、当然というべきか人気は15頭中のブービー人気、1番人気は天皇賞・春を制したメジロマックイーンに集中していました。

メジロマックイーンは、秋に天皇賞・秋の不運(降着)とジャパンカップで外国馬に屈したものの、国内最強馬として君臨していました。

レースでダイユウサクがメジロマックイーンを交わした時の「これはビックリ、ダイユウサク!!」は、競馬関係者、ファンはおろかダイユウサクのオーナーも同じ気持ちだったでしょう。

実際にオーナーはダイユウサクが勝つとは思っておらず、競馬場へ来ていなかったそうですから・・・。

このレースはレコードでの決着であり、ダイユウサクの単勝は13790円の万馬券でした。

ダイユウサクは、この一世一代の大駆けで燃え尽きたのかその後1勝も出来ず引退しています。

この年は俳優の松田優作さんが亡くなった年であり、ダイユウサクの「ユウサク」との関係も話題になりました。



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