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佐川幸義
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■佐川幸義■柔術■武田惣角の合気を継承・発展

佐川幸義を知るおすすめ作品

佐川幸義 1902年(明治35年)7月3日−1998年(平成10年)3月24日

佐川幸義は大東流合気柔術の中興の祖といわれる武田惣角の直弟子の一人で、大東流合気柔術の
極意ともいえる合気を武田惣角から継承し、さらに発展させたといわれます。

佐川幸義は、
163センチ、57キロの小柄な体格ながら、武道、格闘技経験者、スポーツマンなどが
佐川幸義の技を体験しましたが、いずれもなすすべもなく圧倒されています。
体験した人物には、武道、格闘技、スポーツ界で高名な人物もいたといわれています。

■履歴
佐川幸義は幼少期から小野派一刀流剣術、関口流柔術などを習います。

10歳の頃に武田惣角と出会い、12歳で武田惣角の下に正式に入門します。
1932年(昭和7年)、29歳の時に武田惣角より代理教授を許されます。
武田惣角の全国行脚に伴い、大東流合気柔術を教授します。
1943年(昭和18年)、師の武田惣角が青森にて客死。享年85。


佐川幸義は17歳の時に会得したといわれる「合気之術」に磨きをかけ、70歳を超えてから新しい「合気の原理」を
発見したといわれます。
「合気之術」を亡くなる95歳まで自在に操ったといわれます。
1998年(平成10年)3月24日、死去。享年95。

▼佐川幸義の評価
前述したように、佐川幸義は大東流合気柔術の極意ともいえる合気を武田惣角より継承し、「合気の原理」の発見
によりさらに
発展、進化させたといわれています。
このことから
師の武田惣角を超えたとの評価もあります。
ちなみに武田惣角は「
近代最強の武術家」との評価もあるほどの武術家です。

佐川幸義が「武田惣角の合気」を発展、進化させようとしたきっかけは、武田惣角が佐川幸義に「諸手捕りの合気」を
かけようとしたが効かなかったことにあるといわれます。
この出来事から佐川幸義は「武田惣角の合気」を発展、進化させる必要性を感じたそうです。

佐川幸義は
日本の武術史上でも稀代の武術家との評価もあります。
中国武術家で中国武術家の松田隆智(松田は日本の古武術についても修行、研究している)、運動科学研究者の
高岡英夫などが絶賛しており、高岡英夫は「
近現代武術史上最高の天才」であるとしています。

佐川幸義は、亡くなる前日まで大東流合気柔術の指導(弟子を投げ飛ばしていた!)をしていたそうで、
まさに生涯を武術とともに生きた武術家だと思います。
(佐川道場では古武道に見られることもある「約束組手」ではなく、
本気でかかってくる弟子を老齢の
佐川幸義が
投げ飛ばしていたといわれます)

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