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■インゲマル・ステンマルク■アルペンスキー選手■ワールドカップ最多勝の不世出の天才スラローマー

身長約181センチ、体重約75キロ

1956年3月18日−

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どこの世界にもその世界の規格外的「天才」や「神」の存在があるものです。

今回取り上げたインゲマル・ステンマスク選手は、アルペンスキーの世界における「天才」や「神」といえる選手だと思います。

個人的には冬の五輪の競技の「華」のひとつとしてアルペンスキーを挙げます。

アルペンスキーのワールドカップにおいて史上2位の54勝もの勝利数を挙げているヘルマン・マイヤー選手(オーストリア)・・・

そのマイヤー選手のワールドカップ勝利数よりさらに30勝以上もの史上1位の86勝という驚異的な勝利を積み重ねているインゲマル・ステンマルク選手(スウェーデン)は、アルペンスキーの世界では「神」ともいえる存在です。

五輪や世界選手権などの一発勝負の大会で勝つことはもちろん素晴らしいことですが、シーズンを通じて各地を転戦し何戦かを戦うワールドカップで総合優勝や勝利を積み重ねることこそが「真の実力者」であるとの考えがアルペンスキーの世界では一方であります。

その点でいえば、ワールドカップで86勝もの勝利を挙げているステンマルク選手が「神」とされるのも当然かもしれません。

ステンマルク選手は、アルペンスキーでも技術系種目の回転、大回転のスペシャリストで、「史上最強のスラローマー」、「スラロームの神」ともいわれています。

ステンマルク選手は、100分の1秒を争うことの多い技術系の種目において全盛期には3秒以上の大差で勝つことも珍しくなく、「ステンマルクに次ぐ2位は優勝と同じ価値がある」とさえいわれる次元の違う「絶対的存在」でした。

バスケットボールの世界でいえば、アメリカ・NBAのスーパースターであったマイケル・ジョーダン選手のような存在だったといえます。

また、「逆転のステンマルク」といわれ、2本の総合タイムで争う中で、1本目ではトップに立てなくても(立たなくても)2本目で逆転するというドラマを何度も演出しています。

そしてオールラウンダーに有利とされるワールドカップの総合優勝を技術系種目だけでのポイントで1976年、1977年、1978年と3年連続で獲得しています。

ちなみにワールドカップ86勝の内訳は、回転40勝、大回転46勝です。

しかし翌1979年のシーズンからは総合優勝のポイントは、滑降、回転、大回転、コンビの4種目の各3レースのみとなりました。

あきらかに技術系種目のみしか出場しないステンマルク選手に不利といえる新ルールでした。

ステンマルク選手は、このシーズンのワールドカップは、大回転で10戦全勝(回転は3勝)でしたが、総合では5位にとどまりました。

彼はコンビのポイントを得るために1981年に1度だけ滑降に出場しましたが、以後は2度と滑降に出場することはありませんでした。

新ルール以降、ステンマルク選手が総合優勝することはありませんでしたが、1980年から1984年までの5年連続で総合2位となっています。

ちなみにステンマルク選手のワールドカップでの種目別では、回転と大回転で1975年から1981年までの7年間1位とタイトルを独占し、1984年にも大回転で1位(回転は3位)となっています。

技術系においてはこの時期他の追従を全く許さなかったといえます。

1982年は回転と大回転ともに2位、1985年は回転で3位、1986年は回転と大回転ともに2位、1987年は回転で2位と長くトップを維持しました。

19歳でワールドカップの種目別王者となり、20歳で総合王者となった「早熟の天才」は、その才能を引退するまで維持していた驚異のスラローマーだったといえます。
(引退シーズンの1989年も1勝を挙げています)


ステンマルク選手は、五輪では1976年のインスブルック五輪の大回転で銅メダル、1980年のレークプラシッド五輪では回転と大回転で金メダルを獲得、1980年のサラエボ五輪はアマチュア規定で参加できず、1988年のカルガリー五輪では復帰し回転で5位入賞しています。

また世界選手権は、1978年が回転と大回転で金メダル、1982年が回転で金メダル、大回転で銀メダルを獲得しています。


ステンマルク選手の五輪での金2、銅1、世界選手権での金3、銀1もさすがとは思いますが、やはり彼の凄さはワールドカップ86勝という圧倒的数字が示していると思います。

ステンマルク選手の以前には、五輪でアルペンスキー3冠を達成したジャン・クロード・キリー選手(フランス)、トニー・ザイラー選手(オーストリア)がいました。

以後には五輪で金2、銀3を獲得しワールドカップ史上3位の50勝を挙げた爆弾・アルベルト・トンバ選手(イタリア)や五輪で金2、銀1、銅1を獲得し、ワールドカップ史上2位の54勝を挙げたヘルマン・マイヤー選手(オーストリア)、五輪と世界選手権で合計20個ものメダルを獲得した「ミスター・メダリスト」チェーテル・アンドレ・オーモット選手(ノルウェー)など数多くのアルペンスキーのスーパースターが出現しました。

しかし、全盛期のワールドカップで圧倒的強さで出場すればほとんどのレースを勝ち続けたステンマルク選手は、その美しい滑りとともに、私にとっては最も印象深く、インパクトのある「神」ともいえるアルペンスキーヤーでした。

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