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第3回ジャパンカップ
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■コラム■■■■■
■第3回ジャパンカップ■

「世界に通用する馬作り」を目的に1981年に開設されたジャパンカップでしたが、第1回、第2回と「世界との壁」の厚さを思い知らされる日本馬の惨敗が続きました。

「日本馬が勝つのは永遠、永久に不可能ではないか」ともいわれていました。

しかし、翌1983年、国内で19年振りの3冠馬が誕生します。

ミスターシービーです。

しかし、ミスターシービーは、3冠を達成すると休養に入り、ジャパンカップには出走しませんでした。

この年の第3回ジャパンカップの日本馬の期待は、天皇賞・春を制し、直前の天皇賞・秋3着で脚部不安から復活したアンバーシャダイ(3番人気)でした。

そして直前の天皇賞・秋を制したキョウエイプロミスは、意外にも10番人気でした。

レースは、直線でアンバーシャダイが1度先頭に立ち、見せ場を作ったものの伸びず、「今年も(日本馬の優勝は)だめか」と思われたところ、アイルランドのスタネーラとともにキョウエイプロミスが抜け出しました。

両馬の競り合いは、スタネーラがアタマ差出たところがゴールでした。

アタマ差の2着に善戦したキョウエイプロミスは、脚部不安を起こしており、レース後に引退となってしまいました。

しかし、キョウエイプロミスが競走馬生活と引き換えにジャパンカップで見せた2着の激走は、日本の競馬関係者に勇気と希望を与え、翌年のカツラギエースの日本馬初のジャパンカップ制覇に結びつくことになります。

1983年のジャパンカップは、「日本の競馬」が「世界の競馬」に近づいたエポックメーキングなレースでした。



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