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E・P・テイラー
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■E・P・テイラー(OB)■
E・P・テイラー カナダ出身
生没年月日・1901年1月29日−1989年5月14日
■コメント
■E・P・テイラー(ノーザンダンサーを生産した男)(OB)
(タイトルなどの最後のOB(生産者兼馬主)はオーナーブリーダー、Bはブリーダー(生産者)、Oはオーナー(馬主)の略)

E・P・テイラーことエドワード・プランケット・テイラーは、「20世紀最高の種牡馬」といわれるノーザンダンサーを生産したことでも知られます。

ノーザンダンサー登場でカナダの馬産が世界的に注目されました。


■履歴
▼競馬の世界へ入るまで
E・P・テイラーは、カナダの裕福な家庭に1901年1月29日に生まれます。

モントリオールのマッギル大工学部を卒業し、複数の会社や銀行の役員を務め、ビール醸造会社を次々と買収し、カナディアンブリュワリー社を設立するなど成功します。

第二次世界大戦の軍需の波にも乗りました。

▼競馬の世界
1936年から馬を所有したテイラーは、これをきっかけに競走馬を生産するようになります。

1964年には、ノーザンダンサーでカナダ産馬では初のケンタッキーダービーを制し、そのノーザンダンサーは種牡馬として大成功します。

1967年にノーザンダンサー産駒のニジンスキーがイギリス3冠馬となります。

ニジンスキーも種牡馬として大成功します。

生産馬を積極的に他人に売却し、売れ残った馬を自ら所有する方針をとっており、ノーザンダンサーは売れ残った馬でした。

配合においては、同じ配合を繰り返す(特に成功例や能力の高い種牡馬と能力の高い繁殖牝馬を配合するいわゆる「ベストトゥベスト」の配合方針・・・)傾向が強く、生産馬には全兄弟が多いのが特徴です。
(例えばノーザンダンサーとノーザンネイティヴ・トランスアランティック、ニジンスキーとミンスキー、ノーザンテーストとサドンソー、ヴァイスリーガルとヴァイスリージェントなど)

全兄弟でなくても配合的には血統が近い配合をする傾向があります。
(例えばニジンスキーとザミンストレル、ノーザンテーストとタンゾアなど)

▼晩年
晩年は活躍馬をあまり生産できませんでしたが、カナダ経済界、カナダ競馬界に対する功績は大きく、1947年にカナダスポーツ界の殿堂入りを果たしました。

1953年から地元オンタリオのジョッキークラブ会長

1989年に88歳でバハマで死去。


■ノーザンダンサー生産とニジンスキー生産
ノーザンダンサーは・・・
父のニアークティックは、テイラーがイギリス・ニューマーケットで行われたセリ市で落札した繁殖牝馬レディアンジェラが受胎していた馬で、ウインドフィールズファーム(テイラーの生産拠点)の最高傑作と呼ばれました。

母のナタルマは1958年にテイラーがアメリカ・サラトガで行われた2歳馬のセリ市で35,000ドルで購入した牝馬です。

1960年春に骨折のため競走馬を引退して繁殖入りし、6月にニアークティックと交配されました。

父ニアークティックは、当時あまり成功しない配合といわれたネアルコ×ハイペリオンのネガティブ・ニックスです。

母ナタルマは、ネイティヴダンサー産駒で、ネイティブダンサーは元々アメリカの名馬ですが、ノーザンダンサーの存在で、ネイティヴダンサーの名をさらに高めました。

ニジンスキーは・・・
そのノーザンダンサーが父で、母フレーミングページはテイラーの生産馬です。

■テイラーの主な生産馬
ノーザンダンサーニジンスキーザミンストレルエルグランセニョールそして日本で種牡馬として大成功したノーザンテーストなどがいます。




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