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1985年の日本ダービー・シリウスシンボリ
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■コラム■■■■■
■1985年の日本ダービー・シリウスシンボリ■

2013年5月26日に競馬の第80回日本ダービーが行われる予定(本記事の執筆は2013年5月20日)ですが、日本ダービーといえば、1985年にシリウスシンボリが勝った日本ダービーが印象にありますね。

ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクト、オルフェーヴルなど3冠馬が勝った日本ダービーも印象深いですが、1985年のシリウスシンボリの勝った日本ダービーも印象にあります。

この年(1985年)は有力馬に故障が多かった印象ですね・・・

サザンフィーバー、サクラユタカオーなどはクラシックを前に故障し、サザンフィーバーなどは予後不良でした。

3冠第1弾・皐月賞を5馬身差で制したミホシンザンは、皐月賞後に故障で、日本ダービーに出られず・・・(その後に菊花賞を制し2冠馬となり「幻の3冠馬」ともいわれました)

この年(1985年)の日本ダービーでは、皐月賞2着のスクラムダイナ、社台ファーム生産のパーソロン産駒・サクラサニーオー、シーホーク産駒のスダホークなどが有力馬でした。

あと1頭、本来なら最大の注目かもしれないシリウスシンボリもいました。

シリウスシンボリは、2歳の新馬戦で快勝し、芙蓉特別で1着入線ながら失格、いちょう特別で直線でものすごい末脚で追い込んだもののわずかに届かず2着、府中3歳ステークス(馬齢旧表記,現在の2歳)を快勝し、3歳初戦の若葉賞を快勝し、皐月賞の有力馬といわれますが、厩舎の移籍問題などで皐月賞を回避し、日本ダービーへ駒を進めた臨戦態勢に難がありました。

日本ダービーの前で戦績5戦3勝2着1回、失格1回ですが、まともなら全勝だったといわれます。

シリウスシンボリのオーナーの和田共弘氏は、シンボリルドルフで知られる名手の岡部幸雄騎手に騎乗を希望し、若葉賞では岡部騎手の騎乗でした。

しかしそれまでの騎乗は加藤和宏騎手で、騎乗をめぐりもめましたが、加藤騎手騎乗で日本ダービーに臨むことになります。

シリウスシンボリの実力は高く評価されても、臨戦態勢、前述の諸問題などがありました。

しかし本番の日本ダービーでは重馬場の中でシリウスシンボリが2着に3馬身差で快勝しています。

完璧に勝った完勝でしたね。

シリウスシンボリはシンボリ牧場の生産馬で、シリウスシンボリは昨年のシンボリルドルフに続き2年連続のシンボリ牧場生産馬による日本ダービー制覇をします。

シリウスシンボリは調教でもシンボリルドルフと互角かそれ以上の動きを見せ、「底知れない強さ」を見せていました。

この後、シリウスシンボリはヨーロッパ遠征で足掛け3年で14戦しますが勝てず、日本に戻り6戦しますが勝てませんでした。

同期の2冠馬・ミホシンザンとは未対決でした。

なお、ミホシンザンは日本ダービーに故障で出れず、2冠馬(皐月賞、菊花賞)だったこともあり、「幻の3冠馬」ともいわれますが、日本ダービー当日は重馬場で、重馬場を苦にしないシリウスシンボリが勝っていることからミホシンザンが日本ダービーに出られても重馬場を苦にしたミホシンザンの苦戦は必至だといわれています。

シリウスシンボリの父がモガミで、シリウスシンボリはモガミの初年度産駒・・・

モガミは1年目から大物を出しましたね。

モガミは次の年の2年目にも牝馬3冠のメジロラモーヌを出してさらに注目されます。


(この記事は、ブログ「競馬ミーティング」の記事をそのまま転載したものです)



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